「出張が多いのに、実費精算しかしていない」
「社長の出張手当を出せることを知らなかった」
もしあなたが会社経営者で、出張(遠方への営業、視察、セミナー参加など)に行く機会があるにもかかわらず、「旅費規程(りょひきてい)」を整備していないとしたら。
あなたは、「税金を1円も払わずに会社から個人へお金を移せる、唯一無二のチャンス」を、みすみすドブに捨てていることになります。
通常、会社から個人にお金を渡せば、それは「給与(または賞与)」となり、所得税・住民税・社会保険料が容赦なく引かれます。1万円渡しても、手元に残るのは7,000円程度でしょう。
しかし、「出張手当(日当)」として支払えば、話は別です。
- 会社側:全額「経費」になり、法人税が減る。さらに「消費税」も減る。
- 個人側:全額が「非課税所得」となり、所得税も住民税も社会保険料も一切かからない。
つまり、会社から出した1万円が、そのまま無傷で個人の財布に入るのです。これほど効率の良い資金移動の方法は、他には存在しません。
この記事では、多くの中小企業が見落としている「旅費規程」の絶大なメリットと、導入するための具体的な手順、税務署に否認されないための「適正金額のライン」、そして実務でそのまま使える「規程の条文モデル」までを、徹底的に解説します。
たった一枚の規程を作るだけで、あなたの手取りは年間数十万円、あるいは百万円単位で変わるかもしれません。
第1章:なぜ「出張手当」は最強の節税策なのか?4つのメリット
旅費規程を導入し、出張手当を支給することで得られるメリットは、単なる「小遣い稼ぎ」のレベルではありません。会社と個人の双方に強烈なインパクトをもたらします。
メリット1:個人にとっては「完全非課税」の収入
これが最大の魅力です。通常、会社から受け取るお金はすべて課税対象ですが、出張手当は「実費弁償的な性格」を持つため、所得税法上、非課税として扱われます(所得税法第9条1項4号)。
受け取った手当は、確定申告の必要もありませんし、源泉徴収票にも載りません。文字通り、税務署の目を気にせず自由に使える「真の手取り」が増えるのです。
メリット2:会社にとっては「消費税」まで減る経費
ここがプロの注目ポイントです。役員報酬は会社の経費になりますが、消費税の計算上は控除できません(不課税取引)。
しかし、出張手当は「課税仕入れ」として扱われます(消費税法基本通達11-2-1)。つまり、支払った手当の約10%分の消費税を、会社が納める消費税から差し引くことができるのです。
法人税だけでなく、消費税まで安くなる。このダブル効果は、役員報酬にはない強力な武器です。
メリット3:社会保険料の対象外
社会保険料は「報酬(給与)」に対してかかりますが、出張手当は報酬ではないため、いくら払っても社会保険料は上がりません。
前回の記事で解説した「標準報酬月額」を上げずに、個人の手取りキャッシュを増やすことができる、数少ない手段の一つです。
メリット4:宿泊費の「定額支給」で差額をポケットに
旅費規程では、宿泊費を「実費精算」ではなく「定額支給」に設定することが一般的です。
例えば、規程で「社長の宿泊費は1泊15,000円」と定めておきます。 実際に社長が「1泊8,000円」のビジネスホテルに泊まったとしても、会社は規定通り15,000円を支給します。
この差額の7,000円は、返還する必要がなく、社長個人の「非課税のポケットマネー」となります。出張のたびに、合法的に資産形成ができるのです。
第2章:どれくらい得する?具体的なシミュレーション
では、実際にどれくらいの金額的メリットがあるのか、数字で見てみましょう。
【モデルケース】
- 社長の役員報酬:月額50万円(年収600万円)
- 出張頻度:月4回(日帰り2回、1泊2日×2回)
- 設定した手当:
- 日当:1日 5,000円
- 宿泊費(定額):1泊 15,000円
【年間の支給額】
- 日当:5,000円 × 6日(日帰り2日+宿泊時の4日)× 12ヶ月 = 360,000円
- 宿泊差益(※):(支給15,000円 - 実費9,000円)× 2泊 × 12ヶ月 = 144,000円
- 合計:年間 約50万円の非課税収入
この50万円を、もし「役員報酬」として受け取ろうとしたらどうなるでしょうか?
- 社会保険料(約30%):約15万円
- 所得税・住民税(約20%):約10万円
合計で約25万円が引かれ、手残りは半分になってしまいます。
さらに、会社側では消費税の節税効果(50万円×10%=5万円)も発生します。 トータルで見ると、「旅費規程があるかないか」だけで、年間数十万円のキャッシュフローの差が生まれるのです。
第3章:導入のための3ステップと「適正金額」の基準
「明日から出張手当を出そう!」と思っても、口頭での決定では認められません。税務署に否認されないためには、しっかりとした形式を整える必要があります。
STEP1:旅費規程の作成
まずはルールブックである「旅費規程」を作成します。以下の項目が網羅されているか確認してください。
- 目的と適用範囲:全社員(役員含む)に適用されること。
- 出張の定義:「片道〇〇km以上」などの距離基準。
- 旅費の種類:交通費、宿泊費、日当の定義。
- 役職別の支給額:社長、役員、一般社員ごとの金額。
- 手続き:出張申請と精算(報告)のフロー。
STEP2:株主総会での決議
作成した旅費規程は、株主総会(または取締役会)で承認を受け、その日付で施行します。「〇月〇日より、別紙旅費規程を制定し運用する」という議事録を作成し、保管してください。
STEP3:適正な金額の設定(最重要)
ここで欲張って「社長の日当は1日10万円」などと設定してはいけません。税法上は「社会通念上妥当な金額」のみが認められます。相場を大きく超えると、その超過分は「役員賞与」とみなされ、課税対象になります。
では、「妥当な金額」とはいくらか? 国税庁は明確な数字を出していませんが、実務上は「国家公務員の旅費規程」や「産労総合研究所の調査データ」が一つの基準になります。
【税務調査で安全圏とされる金額目安(社長の場合)】
- 日当(国内):3,000円 〜 5,000円 / 日
- 日当(海外):5,000円 〜 10,000円 / 日
- 宿泊費(国内):15,000円 〜 20,000円 / 泊
これくらいの金額であれば、まず否認されることはありません。逆に、日当が1万円を超えてくると、「どのような根拠で算定したのか?」を厳しく問われることになります。
第4章:税務調査で狙われる「カラ出張」と証拠の残し方
旅費規程を導入している会社に税務調査が入った際、調査官が最も疑うのが「カラ出張(架空の出張)」です。
「実際には行っていないのに手当を出している」 「個人的な旅行を経費にしている」
こうした疑いを晴らすためには、「本当に出張に行き、業務を行った」という客観的な証拠(エビデンス)を残す必要があります。
必須ツール:「出張旅費精算書(出張報告書)」
出張のたびに、必ず以下の内容を記載した書類を作成し、保存してください。
- 出張者氏名
- 日時(出発日時・帰着日時)
- 行き先(訪問先企業名など具体的に)
- 用件(商談、現地調査、セミナー参加など)
- 交通経路と運賃
- 簡単な業務報告(成果や内容)
これに加えて、新幹線や飛行機の領収書、ETCの利用明細、現地のホテルの領収書、訪問先の名刺、セミナーの資料などをセットで保管しておけば完璧です。「ここまでやっている会社なら不正はない」と調査官に思わせることができます。
第5章:【実務テンプレート】そのまま使える「旅費規程」の条文モデル
実際に作成する際、どのような条文にすればよいのか。ここでは、税務リスクを抑えつつメリットを享受するための、シンプルな条文モデルを紹介します。
旅費規程(抜粋)
第〇条(出張の定義)
本規程において出張とは、勤務地を起点として片道100キロメートル以上の地点にある目的地へ業務のために移動することをいう。
第〇条(日当)
出張者に対しては、別表1に定める日当を支給する。
第〇条(宿泊料)
出張中の宿泊料は、別表1に定める定額を支給する。ただし、実費が定額を超える場合で、会社が認めたときは実費を支給することができる。
【別表1】
役員:日当 5,000円/宿泊料 15,000円
従業員:日当 3,000円/宿泊料 10,000円
【ポイント】
- 距離基準の明記:「片道100km以上」など、客観的な基準を設けることで、「近所の銀行回り」などを排除し、税務署への説得力を高めます。
- 定額支給の明記:「実費を支給する」と書いてしまうと、差額をポケットに入れることができなくなります。必ず「定額を支給する」と明記しましょう。
第6章:【海外出張・インボイス】高度な税務論点と対応策
国内出張だけでなく、海外出張やインボイス制度への対応についても押さえておきましょう。
海外出張の為替レートと日当
海外出張の場合、日当や宿泊費を現地通貨で支払うか、円建てで支払うか決めておく必要があります。一般的には「円建て」で金額を設定(例:北米は1日1万円など)しておくと、為替計算の手間が省けて楽です。
また、海外出張は国内よりも高額な手当が認められやすいため、海外取引が多い会社にとっては大きな節税チャンスとなります。
インボイス制度と「出張旅費特例」
インボイス制度の導入により、原則として領収書(適格請求書)がないと消費税控除ができなくなりました。しかし、従業員等に支給する出張旅費(日当・宿泊費・交通費)については、「出張旅費特例」という例外が認められています。
これは、「旅費規程に基づいて支給される、通常必要と認められる範囲内の金額」であれば、インボイス(領収書)の保存がなくても消費税控除(仕入税額控除)ができるという強力な特例です。
つまり、旅費規程を整備することは、インボイス制度の事務負担を軽減する意味でも非常に重要なのです。
第7章:【FAQ】旅費規程に関する実務Q&A(18選)
最後に、導入にあたってよくある質問に、実務的な観点から回答します。
Q1. 社長一人だけの会社でも導入できますか?
A. はい、可能です。
役員一人の会社であっても、旅費規程を作成し、運用することは認められています。ただし、「自分でお手盛りで決めた」と思われないよう、世間相場に合わせた金額設定がより重要になります。
Q2. 距離の基準はどう決めればいいですか?
A. 「片道100km以上」が一般的ですが、実情に合わせて設定可能です。
多くの会社では「片道100km以上」を日当支給の要件としています。しかし、業務の実態によっては「片道50km以上」や「移動時間が〇時間以上」と定めることも可能です。重要なのは、その基準を全員に公平に適用することです。
Q3. 近所の銀行や役所回りでも日当を出せますか?
A. それは認められません。否認リスクが高いです。
「銀行回り」のような日常的かつ近距離の移動に対して日当を支給するのは、社会通念上無理があります。これは実質的な「給与の上乗せ」とみなされ、源泉所得税の課税対象になります。あくまで「非日常的な遠隔地への移動」が対象です。
Q4. 休日の移動や出張はどうなりますか?
A. 業務のための移動であれば、休日でも日当の対象になります。
日曜日に移動して月曜日の朝イチで商談する場合など、移動日が休日であっても業務遂行上必要であれば支給対象となります。
Q5. 宿泊費を「実費精算」にすることはできますか?
A. もちろん可能です。ただし「差額のメリット」はなくなります。
会社の経費精算としては実費でも問題ありませんが、本記事で紹介した「非課税所得を増やす」という目的からは外れます。節税効果を狙うなら「定額支給」をお勧めします。
Q6. 海外出張の手当はどうなりますか?
A. 国内出張よりも高額な設定が可能です。
海外は物価や治安の事情が異なるため、国内よりも高い日当(1日5,000円〜1万円以上)や宿泊費が認められます。国や地域(北米・欧州は高く、アジアは低くなど)によって金額を分ける規定を作るとより合理的です。
Q7. パートやアルバイトにも日当を出す必要がありますか?
A. 規程の対象者になっていれば出す必要があります。
不当な差別は許されませんが、合理的な理由(役職や業務内容の違い)に基づいて、役員と一般社員、あるいは正社員とパートで支給額に差をつける、あるいは支給対象外とすることは可能です。規程で明確に定義しておきましょう。
Q8. 領収書を紛失してしまいました。日当は払えますか?
A. 日当(定額)は領収書不要ですが、出張の事実証明は必要です。
日当は「使途を問わない手当」なので、食事代などの領収書は不要です。しかし、「そこに行った」という交通費の領収書やETC履歴がないと、カラ出張を疑われます。交通費の証拠だけは死守してください。
Q9. 研修旅行や社員旅行でも日当は出せますか?
A. 業務性がある「研修」ならOKですが、「慰安旅行」はNGです。
強制参加でカリキュラムが決まっている研修旅行なら出張扱いになりますが、観光がメインの社員旅行は「福利厚生費」または「給与」となり、出張手当の対象にはなりません。
Q10. 出張先での接待飲食費は日当に含まれますか?
A. いいえ、それは別途「交際費」として経費精算できます。
日当はあくまで「個人の食事代や雑費」を賄うものです。取引先との接待費は、会社の交際費として別途領収書を切って精算してください。
Q11. ワーケーションでリゾート地で仕事をした場合は?
A. 非常にリスクが高いです。
「観光」と「業務」の区分が難しいため、税務調査で否認される可能性が高いです。明確な業務命令と成果物があり、観光要素がゼロであることを証明できない限り、出張手当の支給は避けるべきです。
Q12. 過去にさかのぼって旅費規程を適用できますか?
A. できません。制定日以降の出張のみが対象です。
「去年もたくさん出張したから、まとめて日当を払おう」は認められません。規程を作って施行した日以降の出張から適用されます。だからこそ、会社設立直後の早い段階での導入が重要なのです。
Q13. グリーン車に乗った場合、交通費として認められますか?
A. 規程で定めていれば認められます。
「役員はグリーン車の利用を認める」と旅費規程に明記しておけば、経費として認められます。ただし、一般社員にまで認めると「過大」と判断される可能性があります。
Q14. 「直行直帰」の扱いはどうなりますか?
A. 距離要件を満たしていれば出張扱いになります。
会社に立ち寄らず、自宅から直接出張先へ行き、そのまま帰宅した場合でも、自宅または会社から目的地までの距離が規程の基準(例:100km)を超えていれば、出張手当の対象となります。
Q15. ウィークリーマンションに泊まった場合は?
A. 定額支給であれば、差額は個人の利益となります。
長期出張でウィークリーマンションを利用し、1泊あたりのコストが安く済んだとしても、規程で「1泊〇円」と定額支給が決まっていれば、その金額を支給します。差額は非課税所得として個人の手元に残ります。
Q16. 出張手当は給与明細に載せる必要がありますか?
A. 載せても良いですが、課税対象の給与とは区別してください。
給与と一緒に振り込む場合は、給与明細の「非課税手当」の欄に記載するか、別途「旅費精算書」を作成して管理します。源泉徴収の対象に含めてしまわないよう注意が必要です。
Q17. 規程の金額を変更したい場合はどうすればいいですか?
A. 再度、株主総会(取締役会)での決議が必要です。
経済状況の変化などで金額を見直す場合は、再度決議を行い、議事録を作成して、改定日以降の出張から新金額を適用します。
Q18. 監査役にも出張手当を出せますか?
A. はい、可能です。
監査役が監査業務のために遠方の支店や工場へ行く場合などは、役員同様に出張手当を支給できます。規程に「役員(監査役を含む)」と明記しておきましょう。
まとめ:規程一つで、会社と個人の財布が変わる
旅費規程は、一度作ってしまえば、出張のたびに自動的に節税効果を生み出し続ける「資産」となります。
しかし、その運用には「適正な金額設定」と「証拠の保全」というルールがあります。欲張りすぎて税務調査で否認されては元も子もありません。
「自分の会社に合った規程を作りたい」「適正な金額がわからない」という方は、ぜひ専門家にご相談ください。私たち荒川会計事務所では、あなたの業種や出張頻度に合わせた、税務署に指摘されない鉄壁の旅費規程作成をサポートいたします。
記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
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